礼拝のしおり・受洗への道 


初めての方々・求道者の方々に、
あらためて心から歓迎のご挨拶をお送りいたします。
港南希望教会へようこそいらっしゃいました!



 礼拝のご案内 


人は誰でも、どんな人でも
神から愛され招かれています
救いの恵みを受けるように
神の子イエス・キリストをかしらとする教会へと

神のみ言葉が響き、神と出会い
感謝とよろこびにみたされて神を讃美し
キリストに新しく生きる力を与えられ
神の民が真にひとつとなる教会へと

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【礼拝が始まるまで】

私たちの教会では、日曜日の朝10時半から礼拝がはじまります。前もって教会のことをお尋ねになりたい場合には、2,30分ほどお早めにおいでになれば、牧師とお話しになれると思います。

服装は、とくに気になさることはありません。コート、ジャンパーや帽子は、玄関を入るとすぐのところにハンガーがありますので、ご自由にお使い下さい。

玄関を入った正面に受付がありますので、「初めてなんですけど…」とおっしゃってくだされば、丁寧にご案内いたします。

聖書や讃美歌は、受付でお貸しいたしますから、お持ちでなくても全くかまいません。なお、私たちの教会では、『聖書 新共同訳』(日本聖書協会)と『讃美歌21』(日本基督教団出版局)を用いています。

受付では、「新来者カード」にご記入いただけるとよいのですが、お気持ちやご都合しだいで、一部分だけでも、ご記入いただかなくても結構です。その日の礼拝のプログラムや伝達事項を記した「週報」と献金袋をお渡しいたします。「週報」は礼拝に用いますので、そのままお持ち下さい。献金は、日頃の神への感謝の気持ちと、神への献身のしるしとして礼拝中にささげるもので、寄付行為とは違います。金額はご自由ですし、なさらなくても結構です。

会堂へお入りになりましたら、決まった席はありませんが、できれば前列の方からお掛けになって、礼拝にお備え下さい。



【礼拝の順序とその意味】

礼拝は、その日の週報に記されたプログラムにしたがって進行します。正面に向かって右側に座る人がその日の司会者で、左側に座る人が牧師です。途中、立ったり座ったりしますが、まわりの人にあわせて下されば大丈夫です(※の印がついているときに起立します)。お体の具合で、お座りになったままでもかまいません。

 前 奏  奏楽をもって礼拝の始まりが告げられます。
      心をととのえ、礼拝に備えます。

 招 詞  司会者が、聖書の御言葉を朗読します。
      礼拝は、神によって招かれて成立します。

讃美歌  神を讃美する歌を歌い、神からの招きに応えます。

主の祈り 主イエス・キリストが、このように祈りなさい、と教えられた祈りを皆で唱和します。

交読詩編 神を讃美する詩を、司会者と会衆とが交互に朗読します。讃美歌の巻末にあります。
      会衆は一段落ちている行を読みます。

 旧約聖書 イエス・キリスト到来以前の神の御言葉を、司会者の朗読を通して聞きます。

 新約聖書 イエス・キリストを通して示された神の御言葉を、司会者の朗読によって聞きます。

 祈 祷  司会者が会衆と気持ちを合わせ、讃美、感謝、悔い改め、
      導きの願い、とりなしなどを祈ります。

讃美歌  祈りや感謝の心を皆で歌って神を讃美し、御言葉を聞く準備とします。

 説 教  牧師が、先に朗読された聖書を解き明かし、
      救いの御業が改めて現代に生きる私たちに示されます。

 祈 祷  牧師が、いま取り次いだ神の御言葉に応えて、会衆と共に祈ります。

讃美歌  説教を通して聞いた神の御言葉に応える新しい決心を、
      祈りや感謝の心をもって歌います。

 献 金  神への感謝と献身のしるしとして自発的に喜ばしくささげます。
      結果として教会活動を支える財源となります。

 報 告  目に見える信仰共同体である、この教会のありのままの姿が、
      予告を含めて、感謝をもって明らかにされます。

頌 栄  父・子・聖霊の三位一体の神をたたえる讃美歌を歌います。

祝 福  神が共にいて下さるようにとの牧師の祈りで、
      新たな命を受けた会衆をこれからの生活へと送り出します。

アーメン 「アーメン」は、「まことに、その通りです」という力強い肯定の意味の
      ヘブライ語[旧約]・ギリシア語[新約]で、この意味をもって神に応えつつ、
      礼拝をしめくくります。




【聖餐式について】

毎月第1日曜日と教会の大きな祝日には、聖餐式が礼拝中に行われます。これは、私たちの救いのために十字架にかかった主イエス・キリストの死と復活を、その裂かれた肉と流された血を表すパンとぶどう酒によって記念する、聖礼典と呼ばれる儀式のひとつです。

未だ洗礼を受けていない、または幼児洗礼を受けていても信仰告白をしていない方が受けられても意味がありませんので、その方々は、パンとぶどう酒がお近くにまいりましても、どうぞ軽く会釈をしてパスしていただきたいと思います。

どこの教会の方でも、世界のキリスト教会に共通の使徒信条を告白する教会で洗礼を受けられた方は、どうぞ聖餐にあずかって下さい。

《聖餐式の意昧》

第一に、私たちの罪をきよめ、救いを実現するために、
キリストが十字架上で肉を裂き、血を流されたことは、
私たちがいま、心と体でパンと杯を味わう確かさと同じ確かな事実であること。

第二に、最後の晩餐の時のように、いま、このとき、
復活のキリストを取り囲んでいる私たちは、
キリストによって一つの群れであり、
私たちは本当の兄弟姉妹とされていること。

第三に、来たるべき終わりの日に、信じる者が神の国に入れられ、
喜ばしい祝宴に招かれることの保証と前祝いであること。
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 受洗への道 


教会に通いながら、正しい救いの信仰に導かれようとしている方々は求道者(きゅうどうしゃ)と呼ばれますが、猛勉強や難行苦行が必要なのではありません。礼拝やさまざまな集会に出席して、神からの呼びかけを、心の耳を澄まして聴き取るようにされてはいかがでしょう。牧師や教会員が、よろこんでご一緒します。

キリストによって救われるには、信仰を告白して洗礼を受けることが必要です。神の恵みを受け入れ、キリストを信じ、救いを心から望むようになられたら、そのお気持ちを牧師にお伝え下さい。ご相談の上、なるべく早く洗礼を受ける準備に入ります。

普通は、洗礼準備会が牧師の指導で何回か行われ、「日本キリスト教団信仰告白」を中心に、キリスト教の教義を系統立って学びます。信仰告白とは、「私はこう信じる」というのではなく、これまで2,000年にわたって教会によって受け継がれてきた信仰を受け入れる、ということです。

その後、教会役員会が「受洗者試問会」を行って、受洗が承認されるとめでたく洗礼式を迎え、教会員となるのです。洗礼式は、本人のご希望にもよりますが、クリスマス、イースター、ペンテコステ、宗教改革記念日などの祝日に行われるのが普通です。

受洗するのには、信仰以外の何の資格も要りませんし、制限もありません。神からの恵みの働きかけをまっすぐに受け止めて、新しいご自分の真実の生き方を求める道が、求道から受洗へといたる、キリスト者への道なのです。そして、そこからすべては始まるのです!




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